LP400

市販モデルのLP400が登場したのは、1971年のジュネーブショーでプロトタイプのLP500が発表された3年後の1974年である。オーバーヒート対策のためボディに多数のエアインテーク、アウトレットが設けられた。エンジンはより扱いやすくミウラで実績も積んでいた3,929ccエンジンに換装された。また車体構造はテストドライブの際に剛性不足と判断されたため、セミモノコックから丸鋼管を溶接して組み上げたバードケージ(鳥かご)フレームにアルミボディを載せるデザインに変更され、剛性向上と軽量化を同時に果たしている。マルチェロ・ガンディーニのオリジナルデザインに一番近い生産型であるLP400は、わずか150台しか生産されなかった。なお、実際の車両重量についてはカタログ記載より約500kg程度重い1.6tであり、エンジン出力についても実際は330英馬力程度と思われる。これらの数値は実際の各種テストデータ、0~400m13秒台後半、最高速度260km/hなどから考えても辻褄の合う内容である。(出典:ウィキペディア)


ウォルター・ウルフ・カウンタック

カナダの石油王でF1チームのオーナーでもあったウォルター・ウルフは熱狂的なランボルギーニ・マニアであり、ランボルギーニの経営に乗り出そうと計画したほどであった。そんなウルフの耳にカウンタックがついに発売されるという話が入るのには、そう時間はかからなかった。ウルフはすぐさまオーダーし、LP400の量産3号車を1974年に手に入れることができた。しかし、ウルフはこの新型車の仕上がりに不満を持っており、間もなくウルフの指導の元、大型リアウィング、オーバーフェンダー、コンセプトカーのブラーボから譲り受けたホイール、ピレリP7の超扁平タイヤなども装着された赤の「1号車」が製作され、1975年に出荷された。(出典:ウィキペディア)

私は、京商のウルフカウンタックを所有していますが、京商のウルフカウンタックは、ライトなどディティールは良いのですが、フロントバンパースポイラーが少し大きすぎます。スタイリング重視ならオートアートをお薦めします。



5000QV

1985年にはフェラーリ・テスタロッサに対抗すべくV12エンジンを4バルブ化、キャブレターをサイドドラフトからダウンドラフトに変更すると同時に排気量を5,167 ccまで拡大し、テスタロッサを75 馬力上回る最高出力455 馬力をマークした5000 Quatro Valvole(5000QV)が登場し632台が生産された。このエンジンは改良が施されてLM002にも搭載されている。(出典:ウィキペディア)


25th anniversary



1988年、ランボルギーニ創立25周年記念モデルとして25thアニバーサリーを発売。スタイリングを担当したのは、のちにパガーニ・アウトモビリ社を創業することになるホラチオ・パガーニ(Horacio Pagani)であった[3]。リアバンパーが装着され、細部の形状が変更され、LP400Sからオプションであったリアウイングは無くなった。 本モデルがカウンタックの最終モデルとなり、1990年に生産を終了。カウンタックの各モデルの中で最多となる657台を生産した。最後にラインオフしたカウンタックは、当初デザイナーのマルチェロ・ガンディーニに寄贈される予定であったが、ガンディーニは「(自らの)過去の作品には興味がない」という理由によってこれを辞退した。このシルバーの車両(シャシーナンバー:ZA9C005AOKLA12085)は「ランボルギーニミュージアム」が所蔵することになった。(出典:ウィキペディア)

ケーニッヒカウンタック

ドイツのチューナーとして有名なケーニッヒ・スペシャルズがランボルギーニ・カウンタックをベースにツインターボ化したチューンドカー。


キジルセラム ウラタック

EA/ゴーストゲームスの「Need for Speed」に登場する車両のCGを手掛けるKhyzyl Saleem氏により生みだされた架空モデル「HURATACH」。 その名の通りウラカンとカウンタックの2台を氏のアイデアにより融合。一見カウンタックでありながら、オリジナルとは一風変わった独創的なスタイリングとなっています。 
 
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